1月24日(金)晴れ
撮影初日

名護市久志地区で波瑠・小柳友がクランクイン。
異郷の地に集まったばかりのキャスト・スタッフの固さも、まだ隠しきれない。モチーフの一つとなるガジュマルの前での出会いのシーンの撮影に予定よりも時間がかかってしまい、いきなり事件は起こる。

次のロケ場所への移動時刻が迫り、いくつかの久志シーンを後日にまわす連絡を各所にしたが、名護市街地の幼稚園にお願いしていた約30名のボランティアエキストラだけは、すでに園児たちがバスで出発してしまっていた。同じ名護市内とはいえ、30分以上かけて来る。子供たちからすれば遠足なみの距離である。何も知らない園児達と先生が、園バスから続々と元気に飛び出てきた。「す、すみません。実は…」頭を下げる助監督たち。「子供たちも楽しみにしていたので、このまま帰すわけにはいきませんよ」と引率の先生。すると、たまたま地元のボランティアスタッフに卒園生がいて、先生と盛り上がる。さすが、地元の力。

「じゃあ、帰る前に見学だけさせてください。」ということになり、恋愛映画の撮影現場を幼稚園生たちが無邪気に取り囲む。ところが、プロデューサーの心配をよそに、撮影部も、録音部も、そして監督までが、自分の仕事や機材を説明しだしたのだ。これ以上押せない時間なのに、一気に和やかな雰囲気と笑顔が現場を包んだ。理解はできないだろうけど、園児たちも楽しそう。ちゃんと一人一人に「ありがとうございましたっ!」としっかり御礼を言う。なによりも、「本番!」のかけ声で、一言も喋らなくなることには一同驚いた。波瑠も、小柳友も、この「想定外の状況」のなか、大人の恋愛の芝居を演じきった。

最後に先生が「映画のみなさんに、御礼にお歌をうたいましょう!」ということで、名護の青空に、子供たちの元気な歌声が響き渡った。「ありがとうございましたっ!」と大きな声で挨拶をして、バスに乗り込む園児たちを見送りながら、真冬の東京からぽかぽか陽気の名護へ来たキャスト・スタッフの気持ちが、初めてぽかぽかした出来事だった。さぁ、次のロケ地に移動だ。

1月29日(水)晴れ
波瑠一時帰京の日

晴れの日が続くが、実は沖縄の冬は雨が多い、はずだった。 この日は、はじめて市街地の名護大通りでロケが行われた。消防署の協力を得て、たゆたうみずほの心を象徴するかのような雨のシーンを無事撮り終えて、波瑠が最終便で一度東京の仕事に戻る、はずだった。夕方になっても快晴。この日ばかりは曇って欲しかった。もう少し、暗くなるまで待つか。いや雨に濡れた波瑠の帰京準備の時間を考えないと。そんなときに限って起こる、機材トラブル。撮影用の小さなクレーンの組み立てが上手くいかない。「もう本当に時間ないぞ!3分で直らなかったら、それ要らない!」チーフ助監督の怒号が大通りに響く。見学する市民も一緒にあせっている。その中心で、特機担当の大男が泣きそうな顔つきで吹き出す汗を拭っている。と、私のところにヘアメイクが来て「波瑠ちゃんが飛行機に間に合うか心配してるから安心させてあげて。」とこっそり言ってきた。

スタンバイしている波瑠に「あー、このシーンねぇ、あと6分で終わるから、ぜんぜん余裕ですよ」とぜんぜん根拠のない数字を言ってしまった。ごめんなさい。「雨、行きます!」チーフ助監督が宣言。つまり、組み立て途中のクレーンがイントレから撤去される。一瞬で見事な雨が降りだす。 クレーンの横に立つ大男は下を向いてそのままずぶ濡れになっていた。「カット!OK!」監督の声で雨がやむ。波瑠とスタッフと消防の集中力のおかげで、本当に6分もかからなかった。シャワーを浴びて那覇空港に向かう波瑠を送り出し、ほっと一安心。でも影の功労者は最後にきっぱり諦めたクレーンの大男だ。クレーンは使えなかったけど、ホントにいい画がとれたよ。今夜はオリオンビールでアグー豚の焼肉でも食べよう。

2月9日(日)曇りのち雨
市民250人でさくら祭り再現

今日は、名護で最大のお祭りであるさくら祭りを2週間遅れで再現しての祭り屋台シーンの撮影。250人以上の市民エキストラが集まってくれた。キャストたちはこの群衆の中で、隠していた気持ちを初めてぶつけ合うひとつのクライマックスの芝居をしなければならず、当然、人が増えればさまざまな理由のNGも増える。最初は、本当にお祭り気分で来てくれていた市民エキストラのみなさんも、さすがに、同じ動きを何度もやらされると疲れてくる。あと2カットで終了という時に少し強い雨が降ってきた。昼食に切り替え雨があがるのを待つ。何度か、地元の方によるやんばる料理の食事をいただいてきたが、今日は250人のエキストラも含めての食事とあって、すさまじい量の炊き出しが、裏では行われていた。地元料理を満喫しているうちに雨が小降りに、と思いきや、また降って。場の雰囲気はだんだん悪くなる。

なんとか撮影できるよう、スタッフ総出で即席の雨よけの屋根を作って、カメラには雨が映らないようにして、強行再開。その執念を見ていた市民エキストラのみなさんも感化されたのか、少しずつ、変わってきた。俳優・女優は屋根の下で芝居をするが、エキストラの皆さんは本番中には傘をさせない。それでも、NGのたびに元の位置に戻り、同じ動きをする。本当に頭が下がる。この場にいる全員が、内地出身とか、名護出身とか関係なく、とにかく良い1カットを作る同志になりつつあった。その中には、稲嶺市長もいた。残り1カット。何度も続くNGにいやな顔ひとつしない名護市民がそこにいた。「OK!」 遂に、監督からこの一言が出たとき、250人の拍手と歓声が、誰からともなく起こり、名護城を濡らす雨音と重なりあった。

もうすぐ、この撮影も終わる。
一体感という言葉を本当に実感した。

1月26日(日)晴れ時々雨
やんばる家庭料理三昧の日々

がじまる食堂の中でのシーンが始まる。食堂は名護大通りにある設定で、実際にセットも建ててあるが、室内や料理の撮影は実は別の実在するお店。羽地地区にある「食堂さわのや」さんをお借りした。みずほと隼人の、初めてお店の中での演技。良い感じだ。食堂のシーンなので当然料理が必要になる。バス停でみずほと会った隼人が食べるぼろぼろジューシー、常連たちが毎回注文するナーベラーチャンプルーなどは、食堂厨房ではなく、敷地内に特設キッチンを設営して調理をした。

名護に住むやんばる料理監修の宮城さんを中心に、教室の生徒さんなど数名で毎日対応、昼食シーンでは市民エキストラ数十名の分まで様々な種類の撮影用沖縄料理を作っていただいた。なんともおいしそうな料理を見ていると、食べたくなるのが人情というもの。お願いをしてキャスト・スタッフ全員分の昼食も作ってもらうことになった。長テーブルに並べられた、色とりどりの島野菜や味噌汁や沖縄料理の豪華フルコースバイキング!ほっこりとした青空の下でいただく沖縄料理の美味しいこと!こんなワクワクするケータリングで映画が制作されていたとは、今頃ハリウッドも度肝を抜かれているはずだ。常連客役の肥後克広さん(那覇市出身)、ダンディ坂野さん、パッション屋良さん(名護市出身)にも喜んでいただいた。映画と同じような、たおやかな時間が流れる昼食を何度となく経験し、スタッフが太りはじめたのもこの頃から。気をつけよう。まだ先は長い。

ちなみに、セットのがじまる食堂は地元に愛されて、今も名護大通りにそのまま残されている。沖縄に行ったときには、美術部のこの傑作を見に、是非名護に立ち寄ってみてください。

2月3日(月)曇りのち雨
歓迎レセプション

撮影中盤からやはり雨が多くなってくる。海のシーンが晴れず、予定より遅れて名護市街に戻ってきた一同を待っていたのは、あの稲嶺名護市長を始めとした、地元の協力者の皆さん。我々を歓迎してくれる立食レセプションを催してくれたのだ。市長を待たせてしまいやきもきしていたが、監督やメインキャスト4人のスピーチが素晴らしく、それを完全に払拭してしまった。波瑠も、写真でしか劇中に出てこないみずほのおばあ役で出演した、近所に住むおばあちゃんと初めて対面し、感激していた。

この頃から、皆、この街や街の人々に特別な思いが芽生え始めていた。それぞれが名護に対する素直な思いを語り、市民の協力者の皆さんも本当に喜んでくれたと思う。この日の監督の言葉は、翌日の琉球新報のコラムに引用されていた。「今、まさに名護は春。この街の春の訪れが、咲いてる花のひとつひとつが、こんなにも人を気持ちよくさせることに驚いた」東京にはない良さを私たちがありのままに語ることが、地元にとっては自分たちを見直す新鮮な発見になるのだと書いてあった。そして、基本的に寡黙な大谷監督だが、思いの丈が溢れ出すと止まらない。スピーチの最後には、「僕はもう東京で映画を撮れなくなったかもしれない!」とか、「撮影はもうすぐ終わってしまうので、名護で編集する!」とか言って、会場を沸かせていた。まだ撮り終えてもいないのに、「第2弾はいつですか?」とも言ってましたが、監督、それ、私の仕事ですから。